夢はケーキ屋さん!?わたしがパティシエになるまでのお話(前編)

仕事のこと

新卒で就職したのが地域に愛される小さなケーキ屋さん。

アルバイトを含め約3年半働きました。

【小学生のなりたい職業ランキング】で常に上位のケーキ屋さんに就職するまで、
わたしがどういう思いで、どんな経験をして今に至るのか等身大でお話します。

まずは専門学校入学までをお話しします。

もう勉強したくない…

高校3年生、進路を決めるとき正直勉強はあまりしたくないなと思っていました。

理由は、大学に通うイメージが全くわかなかったからです。

オープンキャンパスにも3校ほど高校の課題で参加しましたが、全然魅力を感じませんでした。

そもそも当時は知的好奇心が皆無。

(今となっては大学に通って色々勉強しておけばまた違う楽しい人生だったかな~と思っていますけどね。)

お菓子作りが好き、かも

元々お菓子を作ったり、料理をするのは好きでした。

理由はおそらく両親の影響です。

父親は料理するのが好きで、気が向いては家族にちょっと凝ったような創作料理を自慢げにふるまってくれていました。

母親もそれなりに料理上手で、休みの日やイベントの際にはケーキやらクッキーを焼いてくれるような人でした。

お菓子を作った一番最初の記憶は、母と作ったクリスマスケーキです。

スポンジにクリームをぬったり、苺を盛り付けたり今でもよく覚えています。

何か作ることが身近だったため、小学生になるとバレンタインで配るためのチョコを手作りするようになりました。

大したものは作れませんでしたが、食べてくれたときのおいしそうな顔や、「おいしかったよ、ありがとう」と言われることが嬉しくてお菓子を作ることが少しずつ好きになっていったように思います。

高校生にもなると、ほぼ徹夜で友チョコを作るようになります。

トリュフ、桃のベイクドタルト、チョコクッキー、アンパンマンのあんぱん等。

友チョコ作りまくりでした…

勉強なんて徹夜でやったことないのに、お菓子作りはなぜかできたんですよね。

みなさんもそういう経験ありませんか?

わたしはそれがたまたまお菓子作りでした。

進路選択で悩んだとき

進路選択を迫られているとき、調理の世界以外にも選択肢はあったんです。

・接骨院で働きたい…?

当時中学から始めたバドミントンに打ち込みまくっていたわたしは、ケガも多かったためとある接骨院に通っていました。
そこの先生は親身になって治療をしてくれ、治すためのトレーニングにも力を入れている信頼できるおちゃめで面白い人でした。

わたしの口コミを聞いて同じ部内の先輩・同期・後輩まで通うようになると、外部指導として部活にもたまに顔を出してくれ、正しいトレーニングや体の使い方を教えてくれろこともありました。

そんなことが続くにつれて、なんとなく接骨院で働くのもいいな~と思うようになりました。

進路を悩んでいるとき誰に聞いたかは忘れたましたが、接骨院で働くには大学院に行かないといけないという話を聞いて、

「大学4年間勉強するのも苦なのに、さらに大学院で勉強しなくちゃいけないのか」とショックを受けつつも諦めた記憶があります。

今考えれば専門学校に通って追々必要な資格の勉強などすればよかったのかもしれませんが、そこまで考え行動することもなかったのでその程度の夢だったのでしょう。

・トリマーになりたい…?

もう一つの選択肢はトリマーです。

理由は単純に犬が好きだから、小さい頃の夢はペットショップの店員さんでした。

成長するにつれてトリマーという、より具体的な選択肢になってはいたものの給料が低めという話を聞いてあっさり諦めてしまいました。

・飲食の道に決めた…!

飲食業を選んだのは実のところ消去法でもあり、幅広い働き方があるため「これ」と職種を選べないわたしには都合がよかったという点もあります。

調理か製菓かでも決めかねていたわたしは、どちらも学ぶことのできる専門学校を見つけてオープンキャンパスに参加しました。

通える距離で、学校全体の雰囲気も自分に合っていると感じたためほぼ迷いなく入学を決意。

念のためと母に勧められ他の専門学校のオープンキャンパスにも3校ほど行ってみましたが、それほど魅力を感じませんでした。

その後は希望の専門学校にAO入試で合格、晴れて飲食の道を進むスタートラインに立ったのでした。

まとめ

いかがでしたか?

次はパティシエになる大きなきっかけと出会いについてお話します!

進路選択に悩んでいる方や、ケーキ屋さんで働きたいけどどうすればいいんだろう?と思っている方の力に少しでもなれたら幸いです。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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